###兄への支援###

久しぶりのブログ更新だ。

今回は兄にまつわる問題についての多少の方針変更を書きたい。

新年1月の月末になって、再び兄が生活費の扶助を請求してきた。

年末の兄の無心騒動では、昔の暴力行為への恨みもあり、

手を貸すつもりはなかったが、結局生活力のない兄が

この先自分で糊口をしのぐ手だてがないのはどうしようもない事実なので、

わたしは兄を自分の薄給の中から扶助することに決めた。

これは当分、母とわたし二人だけの秘密だ。

長姉と妹に言えばまた空虚な口論が始まるし、いたずらに彼女たちの

神経を疲れさせることになるだろう。

父は女子供を殴り、自分の都合で人を頭ごなしに叱りつけ、

自営業を大きくすることだけにすべてを賭し、

わたしたちきょうだいに人間らしいやさしさや、

豆やかな生活の機微について、

わたしたちを生み出した創造者として、

また人生の先輩の立場から教えてくれることはなかった。

子供たちの父への憎しみが、家庭を守る母に向けられ、

母を精神病へと追い込むという定式を抱え込んだ、

昭和の「痛い」家族、それがわたしの出自だ。

兄が父から暴力と不正しか学べなかったのは父の恐怖政治の結果だから

今の兄の不出来ぶりを一概に責めることは無理なのだ。

1人前の大人であるわたしが自分の親について上記のように語るのは

天に唾吐く仕業に見えるが、少なくとも父がわたしたちきょうだいを

計画的に生み出したということだけは残念ながら否定できるだろう。

どんな偉い人もすべて親の生殖行為から誕生するのだから、

その過程を忌まわしく語ったところであまりに稚拙だし、

父は母がストレスから狂人のようになってしまった時も離婚しなかったから、

わたしも父を憎み切ることはできない。

成人した頃のわたしは、このぼろぼろの家族で将来的に悲惨な事件が起こり、

世間を騒がせることにならないよう、何ができるか思索し続ける役目を

担ったように思う。

またわたしは女性だし、精神病の母を助け、家の中でやることは多々あったが、

男性である兄は家長の父と対立してしまった後は、

家を出て放浪するしか道がなかった。

少子化が進んだ同世代の人たちが、きょうだいの問題に振り回されること少なく、

祖父母以前から続く恩恵を受けて豊かに大人になり、社会に巣立ってゆく中で、

道を無くし、絶えず精神の危機におびえ、将来の見通しもなく、

暴力と憎悪と不安に満ちていたあの頃。

少なくともわたしにはそう感じられた日々。

父が亡くなり、あの恐ろしい物件どもが片付いた後、

父の遺産で家と車を手に入れた兄の当面の問題は、ただ生活力の無さから

明日の糧に困窮する程度のことだ。

それをわずかに幇助することくらいならわたしにもできそうだ。

たった一つのわたしの家族を「痛い」家族のままで悲しく終わらせないためにも。









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